誰がために

2010年06月22日 04:16

コラボの掲示板では終息しかかってる話の内容だから、掲示板では書けなかった内容をここでこっそりと書こうかな。

例によって自分語りなので超長文です。読まなくても人生に於いて何の問題もありません。

はい、注意喚起終了。
では、遠慮なく。




らいごさんの「落選した詞は基本的に削除」と言う姿勢を「結構特殊な考え方なんだなあ…」と思っていた僕にとって、今回の作詞家さん達の「落選→削除」の同調率が高くて正直ビックリしました。

僕が作詞を詞先から始めるようになったのは、僕が最初に小説を書くようになっていたからと言うのがあります。それで音楽も好きだったから、歌詞も書いてみようかな…と。もちろん音楽的な知識は音楽の授業以外まったくない20年も前の話です。高3の時に選択授業で「音楽」を選んだら「音大志望じゃない生徒はいらない。特に男は」と「音楽」を希望してた僕ともうひとりは泣く泣く「英語」を選択するしかなかったという暗い過去もあります(もうひとりはその後退学までしてしまいました)。

それから20年の間、僕はひたすら誰に見せるためでもなく、作詞という作業を続けてきました。でも、20年で200も作ってません。バンドのボーカルにと誘われたことはあったけど、色々と忙しくて断っちゃってたり、ギターもキーボードも持ってるのに練習途中で挫折したりと、「作曲」と縁のない生活を送っていたことも、身近に音楽をやっている友人がいなかったこともあって、「詞先」の作詞はのんびりとしたペースで延々と続いてました。

転機が訪れたのはピアプロ、ボーカロイドとの出会いでした。

ここで初めて「曲募集」という楽師さんのタグに出会って、初めて曲先で詞をつけました。それが、くたーさんの「君が遠くに」です。タイトルが決まってて、「こういう中身で」というしっかりした縛りのある曲でした。「このテーマとタイトルなら書いてみたい」と思って書いた詞が、くたーさんの率いるバンドの皆さんに評価されて、同人CDになったりもしたんですが、それ以降、曲募集への応募は撃沈の連続でした。

その間、詞先で書いていた曲はリンレンとMC4を入手していたこともあって、自分で全部曲をつけていたので、作詞のペースとしてはがっくりと落ちてます。1曲書くのに音楽知識のない僕は数ヶ月かかることもザラだったので、効率が悪いと判断したんです。

僕は、詞が書きたかった。

曲も書きたかったけど、比率で言えば、詞が書きたかった。


歌詞募集への撃沈を続ける中で、色々と迷いも生じました。「撤退」の文字も当然浮かんでます。

そんな中で出会ったのは「ココロ」や「トエト」、「ソラトバズ」などでおなじみのトラボルタさんのブログに書かれていた言葉でした。
「Aさんが良いといってくれた曲を、Bさんはイマイチだという。じゃあ今度はBさんが良いといってくれる曲を書いたら、Aさんに受けなかった。それで僕は思った。万人受けするものは絶対にないし、これからは自分の書きたいものを書こうと」
要約するとそんな感じの言葉でした。

これ、僕が小説を書いているときのスタンスと全く同じだったんですよね。自分が書きたいものを書く。それをたまたま目にした誰かが、読んでくれてなおかつ続きやら新作を読みたいと思ってくれたらラッキ。でも誰のために書くかというと、まずは自分のためでした。自分が読みたいものを書く。同人屋の癖みたいなものですね。「ないものは自分で創る」という。

だから、僕の作詞はあくまで「自分のため」の作詞でした。
曲募集もリン廃の僕は基本的に「鏡音リン」のタグが付いていない曲には応募しません。それがないにもかかわらず応募している曲は、インストの段階で相当心を揺さぶられたからです。隊長の「nostalgia」や「momentum」タウリンさんの「肩を寄せて」がこれに相当します。

「この曲に、自分の歌詞を乗せてみたい」という極めて自己中心的な理由での応募です。

だから、書き上がった時点でその詞が採用されようがされまいが、僕の中ではもう満足してしまってます。

もちろん採用していただいて曲になれば、踊り狂って喜びますが、自分のために書いた詞だから書き上がればもう満足なんです。

採用されたと言うことは、それが他の誰かの心にも響いた。ただそれだけの理由だと思っています。
他の人の心に響かなかったから、それは駄作かと問われると「否」と僕は答えます。
少なくとも、自分には響いたからです。

そして、掲示板にも書きましたが、「nostalgia」→「CLOVER」への流れ、蓮-hasu-さんのタグのお陰で、詞先の歌詞を書くモチベーションも甦りました。

自分が書きたいものを書く。

それがたまたま誰かの目に止まればラッキ。

20年来続けてきたスタンスに戻れました。

だから、落選詞も詞先詞も、ピアプロでは改訂することはあっても消すことはありません。


僕の詞を見てくださった方から「ここはこうされた方がよりよくなるのでは」と指摘があったときには「では、共著という形にさせていただいても良いでしょうか?」とその指摘を取り入れさせていただいた上にその方のお名前も載せて共著という形になった詞もあります。

そして、詞先で書いていた詞の中から「love sick」を烏有亭_喪音さんが拾い上げてくださいました。
隊長も、1曲準備してくださってます。

自分の書きたいものを書く。

それが誰かの心に触れてくれたらなお嬉しい。

これが具現化した瞬間で、本当に嬉しかったです。


書いた詞は僕にとって子供のような可愛いものです。長い年月で成長する子もいれば、そのまま死んでしまう子もいます。「思い出に包まれて」は20年前初めて作詞した詞を最近ブラッシュアップしてピアプロに掲載した、「成長した子」の典型です。そして、その後ろには累々と屍に近くなった過去の作品が並んでます。既に墓標を立ててしまった詞もたくさんありますし、いつかブラッシュアップしたいと思ってる詞は、別のところで待ってもらってます。



求められてはないかも知れない。

誰にとって必要ないのかも知れない。

それでも自分のために、僕は詞を書き続けます。

だって、僕が書きたいんだから。

これ以上の理由はありません(笑)




あ、最後にもう一つ。

動画作りも基本的には同じスタンスです。

「nostalgia」の動画師募集に手を挙げたのも「この曲をもっとたくさんの人に聴いてほしい」と思ったからだし、隊長の他の曲に勝手に動画を作り出したのも「この曲の動画が見たい」という自分の欲求からでした(笑)

今はコラボになって、絵師さんのお力添えやコラボメンバーのありがたい指摘のお陰で、ひとりでやっているときに比べて遙かに精度の高い、素晴らしい動画が作れるようになってます。
本当に、協力してくださる皆さんには感謝しています。
ありがとうございます。
そして、これからもよろしくお願いいたします。



本日のグダグダな超長文記事は忍恭弥としのぶたかやが共著でお送りしました(笑)


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