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十号機用部品取り(2)

2011年06月28日 01:33

 さて、前回オークションで手に入れた十号機の部品取り機だが、無事に土曜の夜に到着していた。
 梱包されている段ボールを開けてみると、意外にも外見は綺麗だ。実物を見て貰った方がわかるかな。
110627_01.jpg
 左が十号機、右が部品取り機だ。さすがに後継機というか、正常進化型というか、ぱっと見た目では全く区別が付かない。十号機は妹が丁寧に使っていたため、今でも外装パネルの保護フィルムがついているので、それで見分けはつくが、これをはがしてしまうと、部品取り機が若干日焼けか何かで黄色がかっている以外は全く同じ外見だ。

110627_02.jpg
 実際に電源を入れてみた。左の十号機はものの見事に液晶が割れてしまっているのがわかる。右の部品取り機は「TOSHIBA」のロゴがまぶしすぎる。ちなみに十号機では、このロゴは「dynabook」となっていた。その違いがどこから来ているのかはわかりかねる。

 110627_03.jpg
 十号機の破損具合だ。さすがにこれでは使えないこともないが色々と辛い。右上の固まりだけだったら修理は考えなかったかも知れない。問題は右上から左下へ向かっているヒビなのだ。

110627_04.jpg
 そしてこちらは部品取り機。左の十号機と比べて貰うと一目瞭然だが、キーボードが黄ばんでいる。おそらくタバコヤニだと思うのだが、非喫煙者なのにタバコのにおいが全く気にならないほどいい加減な鼻の持ち主なので、本当にこれがタバコヤニなのかどうかはわからない。業者もそんなこと書いてなかったしな。HDDレスなので、今のところこの画面以上先には動いてくれない。

 さて、とりあえずこれで部品取り機が動くことは確認できた。グーグル先生に色々と尋ねてみると、この機種の解体講座をやっている先人がいると教えてくれたので、早速確認する。そのお知恵をありがたく拝借することにして、ブックマークをクリックして保存しておいた。この機種は相当解体が面倒らしいので、問題は元に戻すときのようだ。

 そして本日。十号機と部品取り機は基本的にM/Bが同じと言うことを確認していたので、十号機からHDDと512MBのメモリを部品取り機に移植して、完動するかどうか試してみた。…普通に動くじゃないか。部品取り機は十号機よりも液晶の輝度が増し、スピーカーが良くなり、CPUの速度が上がっている。本来はDVDドライブも高性能になっているのだが、部品取り機のDVDドライブは死亡しているのであまり関係ない。そうなると、十号機の修理にも二つの方法が考えられる。
 ひとつは、当初の予定通り、液晶パネルとCPUを十号機に移植し、スピードアップと液晶の回復を図る方法。これならM/Bの移植も視野に入れるべきかも知れない。問題は液晶パネルの移植だ。これはかなりややこしいようだ。最悪元に戻せない可能性もある。しかし、当初の目的はこっちだ。
 第二案として、部品取り機に十号機からDVDドライブとキーボード、外装パネルを移植する方法。こちらはキーボードの移植がネックとなる。やはり相当な解体作業が必要となる。キーボードの黄ばみさえ気にしなければいいのだが、すぐ横で真っ白なキーボードの機体があるのに、これを放っておく手はない。
 どちらの案を採るか。
 そうなると時間との勝負になる。
 時間のかからない方法としては、仮運用中の部品取り機をDVDドライブが死亡したままで使い続けるのがいちばん手っ取り早い。時間ができたときにどちらかの改修方法でどちらかを蘇らせればいいのだ。

 とりあえず、全ての準備は整った。あと足りないのは時間だけだ。
 来週の火曜には、無事に再生十号機ができあがっていることを祈ろう。
 もしかしたら、十号機が部品取りになって、部品取り機に十三号機の名称がついているかも知れないが。

 と、言うわけで、この記事は仮運用中の部品取り機から書いていたりする。
 全く問題なく使えてるところが少し悔しい気もするのだが。

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十号機用部品取り

2011年06月24日 00:57

 我が家のノートPC「十号機」の液晶割れが判明したのはいつだっただろうか。
 確かアレは、去年の暮れも押し迫った頃のように記憶している。
 クリスマスツリーを押入から出したか直したかの時に、押入のすぐ下で横になって埋もれていた十号機を、何らかの手違いで踏んづけてしまったため…と想像している。以後、十号機の15インチ液晶には、右上に銃で撃たれたような割れができ、そのまま左下へもの凄い勢いでひび割れができた。そんなこともあって、十号機の稼働実績は一気に低下したのだ。

「十号機」というのは当然愛称で、僕がメインで使っているMSIマザボ+AMD PhenomII×4の自作機が「十一号機」、カミさんがメインで使っているMSIマザボ+intel Pentium4の自作機が「八号機」と呼ばれている。他にも、日立のノートPC、270VXが「五号機」、NECのPC-9821Ap3が「三号機」として現在も元気に稼働中だ。ということで、この十号機の正式名称は「dynabook EX/522CME」と言う。CPUはNorthwoodコアのモバイルCeleron2.2GHzに、メモリは256MB、HDDはIDEの40GBというのが主なスペック。ヒンジに致命的な弱点を持っていることでも有名なシリーズでもある。経年劣化とハードディスクのクラッシュで義妹宅から我が家に来た時、既に6年落ちだった。それでもP4がメインで稼働する我が家には必要十分を満たしており、メモリを768MBに増強、クラッシュしたHDDも160GBに交換し、華麗に復活して去年の冬までは元気に稼働していたのである。

 さて、十号機は液晶が割れてからもそれなりの活躍はしていた。
 RGB出力があるため、十一号機と切り替え器を利用してモニタ、マウス、キーボードを共有して本当の意味でのサブPCとなっていた時期もある。その役目を外れてからも、枕元で割れた液晶のまま元気に動いていた。当然、ひび割れが斜めに横断して液晶漏れまで起こしているので、見にくさは5割り増し、いや、7割り増しと言ってもよかっただろう。それにしても、最大500Wの出力を誇る十一号機に引き替え、十号機は最大75Wと15%の出力でそれなりの動きをしてくれる。Celeron2.2
GHzといっても、まだまだこうしてブログを書くくらいや、ついったで呟くぐらいなら楽勝だ。
 そんなこんなで、十号機の液晶を交換して復帰を狙っていたのだが、ここへ来て近畿圏にも節電&計画停電の動きが出始めたため、大出力の十一号機の常時稼働を見合わせる気になった。十一号機の主な使命は音楽作りと動画作りなのだ。用途をそこに限定すれば、なにもメールや日々の諸々の管理まで高出力の十一号機でやる必要はない。ついでにUPSを入れてないために雷などの瞬電でハードが痛む心配も減る。既に十号機には我が家で唯一の無線LANの機能も搭載していたため、LANケーブルの縛りもない。ここに復帰計画が一気に進んだ。

 復帰計画に必要なものは、とにかく同じ東芝製の15インチ液晶だ。できれば同型か後継機であるEX1シリーズのものがいい。これなら、楽に交換できる。新品購入や東芝のサービスステーションでの交換は高くつくので、そもそもの計画から外してある。狙いはジャンク品か、ジャンクバラしでの液晶単品だ。価格調査のためにオークションに出入りする日が続いた。予算は3000円+送料。送料は大体どこも1500円程度になる様子。そうすれば、1円でも本体は安い方がいい。色々と情報を探っていくと、液晶単体は大抵5000円オーバーで、まず消えた。一度だけ2800円で落札されたものを見たが、これには参加していない。続いてジャンク本体だが、「液晶映りません」や「起動確認していません」を外すと、意外に高くつく。落札金額が4000円を軽くオーバーしてしまい、時間だけが過ぎた。

 そこへ現れたのが、今回の落札物件だ。
 後継機EX1シリーズのEX1/CDE。写真で見る限り、画面がちゃんと映っているので液晶には問題なさそう。割れやヒビの報告もない。HDDが欠品で、DVDドライブが故障とあるが、部品取りにそんなものは必要ない。いるのは液晶を外す行程を理解するための人柱となる本体と、綺麗に映る液晶だけあればいいのだ。ウォッチリストに登録して、終了時刻をのんびりと待つ。意外に値が動かない。他のジャンク本体はゆっくりとは上がっているのだが、これは前日に2000円まで上がってストップしたままだ。終了30前に2100円を投入して、最高金額者に躍り出ると後は終了10分前から当該オークションページを開けてひたすらF5キーを押し続けた。普段なら、ここからが勝負になるからだ。…が、これまた意外にも競ってくる他者もおらず、そのまま2100円で落札と相成った。…なんだか拍子抜けしたのは僕だけか。DVDドライブが故障しているので、HDDを追加しても、OSをインストールする術がないためかな。UbuntuならUSBスティックでインストールできるのにな…、USBDVDドライブがあれば何の問題もないやんか…と思いながら、低額で落札できたことを誰かに感謝しておく。ストア入札なので、出品者の要求通りの手はずを取って、後は商品が送られてくるのを待つだけという状態なのが現在だ。

 部品取りのEX1/CDEは、NorthwoodコアのモバイルCeleron2.4GHzと80GBのHDD、256MBのメインメモリを搭載していたモデルだ。オーディオ系や今回キモの液晶も、実はEX/522CMEよりは少し強化されている。壊れたDVDドライブも、十号機がDVDの書き込みができないものなのに、EX1/CDEはDVDの書き込み可能なものだった。

 こうなると、外見はめちゃめちゃ綺麗でスペックが低く、液晶の割れている十号機と、外見はズタボロで欠品も多いが、PCとしてのスペックはやや上な部品取り機。ちなみに両機のケースは、若干違うかも知れないが基本的に同じものを使っていると思うのだ(まだ来てないから確かめようがないのだが)。そうなると、十号機のHDDやメモリを部品取りにのM/Bに移動させ、何事もなかったように起動すれば、部品取りのM/Bを十号機に移植するという荒技も可能となる。部品取り機には、OSもリカバリディスクも当然のようについていないので、これは一種の賭だが、十号機のHDDには別段壊れて困るものは入っていないので、試してみる価値はあるなと思う。上手くいったらM/Bの交換も視野に入れておこう。

 かくして送料込みで3000円を少し上回るだけという予算を下回った金額で部品取りが購入できた。これはラッキー以外の何者でもない。一応仏教徒だが、八百万の神様とご先祖様に感謝しておく。後はモノが来たらチェックとテストを繰り返して「再生十号機」を完成させるのみだ。エプソンのニコイチ再生プリンタ「LP-700W改(Win7にも対応仕様)」に続く、我が家のニコイチ再生シリーズに、新たな仲間が加わる日も、そう遠くないことを願う。後は僕の努力次第だな。

想像できない東京。

2011年06月21日 00:24

 物書きをしていて、舞台設定はいつも悩む。

 僕の基本設定はいつも神戸市だ。理由は簡単。「よく知っているから」。
「こころの軌跡」の舞台は、木戸見原市という架空の都市だが、設定しているのは神戸市の西隣である明石市から加古川市くらいにかけて。「シリーズうはら1989」の「いま、この瞬間から…」と「僕らのMANKEN事情」は甲南市というこれまた架空の都市だが、現実の芦屋市と神戸市東灘区がその部分に相当する。特に「甲南市」は、昭和25年に、現東灘区が神戸市に合併するまで、本当に合併協議されていた都市の名前だ。芦屋市が蹴ったのかどうかは忘れたが、結局空中分解し、当時の御影町、住吉村、魚崎村、本山村、本庄村は、2回に分けて神戸市東灘区となった。「もし、甲南市が誕生していたら」という架空の設定でもある。シリーズ名の「うはら」も、過去にこの辺りが「菟原郡」と呼ばれていたことに起因し、現在の芦屋市を「菟原」という地名に変更しているところからも来ている。

 さて、僕の本棚には、舞台が地方都市になっている物語が結構多い。なかじ有紀先生のものが一番多いのだが、なかじ先生の漫画の舞台は大半が西宮市、芦屋市、神戸市だ。唯一の例外は横浜が舞台だった「RED」くらいだろうか。「青陵高校シリーズ」も大阪府の枚方市が舞台だったので僅かに例外か。今となっては貴重な地上駅時代の京阪枚方市駅が拝めるのもこの漫画だ。
 それ以外でも西宮市が舞台の「涼宮ハルヒの憂鬱」シリーズ。これはよく知っている風景がガンガン出てくるので、「神社」と言われてるのは甲山の麓にある神呪寺だなとか、森林公園は「甲山森林公園」だなとか、読んでいく内に非常に風景が想像しやすくて楽。池は恐らくあの池なんだろう。火垂るの墓であの兄妹が暮らしたのも、同じ池の畔のはずだ。
 あとは、高橋しん先生の「最終兵器彼女」。これも明言はされてないが、北海道の小樽が舞台であることは周知の事実である。

 さて、山と海に囲まれた阪神地区で育ってきた僕にとっては、あのだだっ広い関東平野が想像できないのである。生まれは尼崎だが、芦屋の浜手で育ち、神戸市の東側で暮らしていると、南北3キロほどで山の麓から海まで行けてしまい、東西に細長い街しか想像できなくなってきてしまう。東は西宮、西は明石くらいまで行って、ようやく北が開けては来るが、それもそんなに奥深くない。浜に出てみれば、条件のいい日だと対岸の泉北工業地帯から大阪平野の東の峰である生駒山系がはっきりと見えるくらい、大阪湾は狭いのだ。長江や黄河と言った大河を見慣れた中国人観光客に瀬戸内海を見せると「これは何という河ですか?」と聞かれるのも仕方のない話だと思える。
 関東には三度ほど行ったことがあるが、1回は車での単独行であり、富士山を探している余裕すらなかった。しかも、関東平野のほとんどは夜中に通過してしまい、その広さを体感することはできなかった。あとの1回は鉄道での移動であり、ここで初めて富士山を拝んだくらいだ。それでも、高度がそんなに上がったわけでもないので、ビルに埋もれた町並みを拝見しただけ。それなら大阪で環状線に乗っているのと変わらない。結果、「広い関東平野」を体感したのはバスで関東に行った時だけだった。レインボーブリッジから遠く新宿の新都庁が見え、その奥に何も山らしきものが見えなかった事が一番印象深かった。その奥行きの広さが、テレビなどでは伝わらず、経験して初めて理解できたのだ。だが、たった一回の経験ですべてを理解できるほど街は簡単ではない。大阪でも「キタ」と呼ばれる梅田周辺は学生時代の通学コースだったのでまだわかる。しかし、「ミナミ」と呼ばれる難波界隈、「アベノ」の呼ばれる天王寺界隈は何度行っても全くわからない。通天閣がある新世界付近も、この間初めて行ったという体たらくである。まず、人情が理解できないという部分があるのだろう。「コウベ」「キタ」「ミナミ・アベノ」はそれぞれ全く人情を異にする街である。文化が違うので、理解するには骨が折れる。理解するには、訪れた回数が少なすぎるのだ。
 結果として、よく知らない街である「阪神地区以外」は、僕の創作地図からは消えることになる。リアリティを追求できず、中途半端な創造物になってしまう。それでは、登場人物たちに生き生きと動いてもらうための箱庭にはなり得ない。

 南北に狭い街で育ったせいか、そう言う場所を舞台にしているせいか、山と海の両方をすぐに物語に絡めることができるのが、この神戸の特徴だろう。最も、山はそこにあっても走り屋ぐらいでしか物語に絡めにくいのだけど。
 地元に愛着。
 本当の理由はそれしかないのだろうけど。

 またいつか、今まで書いてきたものの続きを書くにしても、新しいものを書くにしても、きっと舞台が阪神地区から動くことはないのだろう。

 この、南北に狭っ苦しい街が、僕は大好きなのだから。

練習練習。

2011年06月19日 23:23

これからしばらく、小説でも書いてる気分で、一人称独白系のブログ記事にしてみようかな。

一人称表現使い慣れてないから、なにか見えてくるかも知れないし。

基本的には三人称の方が書き手としては好きなんだけどね。でも三人称では意図的にしないと謎が残せない。

一人称は、主人公以外の考えていることは全部謎。行動も主人公以外は謎。

そんな話が書けるといいな。いつかね。

もうすぐ夏だなあ…。

2011年06月19日 00:21

色々と書くことがなくてほったらかしにしてたらスポンサー出ちゃったよ。

と言うことで、ここひと月ぐらいの様子を書いてみる。

…とりあえず近畿圏にも節電の波が訪れそうな気配だけど、毎夏冷房の設定温度が31℃+扇風機&団扇フル稼働なウチにいったいどこを削減しろと。可能なのは電気をマメに消すことと、PCの使用時間減らす事くらいだよね。2台の主力PC、両方で850W食ってるもんな。しかも、たいがい2台とも同時に動いてること多いし。軽い作業(ネットサーフとか文章書きとかついったーとか)は、十一号機から消費電力の少ないノートPCの十号機に移すのが手っ取り早いけど、十号機は部品取りを入手してモニタを交換する必要があるから、これも敷居が高いなあ。…まあ、色々と考えてみよう。

しかし、このタイミングで「原子力安全宣言」とは、経産省もトチ狂ったとしか思えないなあ。誰が信用するんだろう、この状況で。チェルノブイリ以来…というか小学校の反戦教育時代から「原子力は危険」という思考で固まってる僕には、何を言われても「へー。で、なにか起こったら誰が責任取って、どう補償するの?」っていう疑問しかわかないんだけど。
個人的には「放射能をいっさい出さず、普通ゴミとして棄てられる」核物質を開発できるまでは安心も安全もないと思ってるからね。そもそも捨てられないゴミを出すような発電が安全なはずないだろう。兵器としても「使いたくても使えない」くらいなんだから。「瞬時に無力化」(瞬時にと言う部分が特に重要)ができない限り、現行の原子力が危険きわまりないのは変わらないだろうなあ。研究者の皆さん、その辺の研究是非ともお願いします。…ていうか、そんな研究も完成しない内に「平和利用」をし出した事自体に問題があるんだろうけど。ちっとも平穏じゃないぞ。
そして、この状況でその発言を歓迎する立地地元首長もどうかと思う。なにか起こった時に一番被害を食うのは、あなた達立地の人たちのはずなのに。交付金とかよりも、土地や人の暮らしの方が大切だと思うんだけど…。福島の惨状は対岸の火事なんかじゃないはずだよ。

暮らし方を変える…。意外に難しい。自分たちの暮らしが電力にかなり依存してることに改めて気付かされる。職場も「節電」のためだと思うんだけど、食堂とかの照明を落としだした。…の割には、事務所は寒いくらい冷房かかってるし、食堂のテレビはずっと点いたまま、ほとんどの人が見てない。…倉庫の方は冷房入ってる割に暑いくらいだけど(笑) なんか削減すべきところがちぐはぐな気がするなあ。電気消すなら食堂なんか陽が落ちるまで全部消して、ブラインド上げればいいじゃないか…と思ったり。

さて、そんな中、被災地の友人も本当に懸命に日々を暮らしてるようで、陰ながら「もう頑張ってるだろうけど、頑張れー!」と16年前を思い出しながら祈りという名の念を送っています。被害の規模が尋常じゃないので、ホントに気休めにもならないけど。

さて、そんな中、創作活動は作詞を除いて停滞気味。作詞だけはボチボチと続けてます。凰架さんの募集に応募してみたりとか、特攻隊の少年飛行兵の哀歌とか、自作小説用のやつとか。
ボカロさんもGUMIが増えたけど、未だ主力はリンACT.2だしね。ただいまカバー曲の調整中。

ここんとこ歴史小説とファンタジー小説ばっかり読んでたので、娘が買った「涼宮ハルヒの憂鬱」を借りて読んでる。読み出したら面白いね。ライトノベルは以前から目標のひとつだっただけに、大いに勉強になった。そろそろガンダムとロードス島戦記、ソードワールド・ノベルズ以外のライトノベルにも手を出すべきか(笑)
それにしても「ハルヒシリーズ」の入り口が「にょろ~んちゅるやさん」と「涼宮ハルヒちゃんの憂鬱」だったのが自分でも笑える(笑)

久々に国産のフリーフライトシミュレータ「Ysフライト」をインストールして、雷電でワイルドキャットとかコルセア相手に空戦に勤しんでたり。まだ着陸できないので、必ず最後は自爆というオチだけど。最近やっと着陸の成功率が上がってきた(^^;)

とまあ、そんな感じのひと月でした。


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