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いよいよプレオ君車検

2013年07月06日 14:12

夜中の食欲が止まらねー! 三大欲求に忠実な忍恭弥ですこんばんは。

11月に制約した実家のセカンドカー・プレオ君の車検満了が近づいてきたのでちょっと整備がてら写真撮ってきました。2枚ほど。

130706_1.jpg
実家の横で点検中…。隣の車は弟のトレイルブレイザー。

130706_2.jpg
四気筒、マイルドチャージで60馬力! スバル渾身のEN07Uエンジンを搭載したエンジンルーム。

初年度登録が平成13年なので辛うじて従量税のエコ増税にはかかってない感じ(^^;)

灯火類と足回り中心に見えるところだけ点検したんですが、取りあえず異常なくてホッとした感じで。問題はタイヤを購入前から交換されてないらしくて、溝はあるけどヒビだらけと言ったところですかね。そんなに乗らない上に、写真見ての通り、駐車場砂利ですからね。下回りとスバルEN07系お得意のオイル漏れだけが今後も少し心配。あとはブレーキパッドの残りとか。効きは異常ないだけになんとか持ってほしいところですね。

取りあえず、二年後までのパスポートだけもらえれば、あとは随時点検随時修理といった感じで推移していきます。エンジンオイルさえしっかり変えておけばEN07系エンジンは結構強いから、頑張ってくれるでしょう。

個人的にはハンドルの軽さだけが今でも気になってます(^^;) タイヤハイグリップに変えたらよくなるのかなあ(笑)
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パソコン壊れた

2013年01月18日 01:29

僕がメインで使っている十一号機と呼んでいるパソコンが壊れました。マザーボードが壊れたようです。
そのため、現在メールの受け取りを含めた全てのパソコン業務ができない状態になってます。
新しいパーツは揃えたんですが、いかんせん仕事から帰って家事も終わってからちまちまと組み上げていっているので、元通りになるまでどのくらいかかるか見通しが立っていません(パーツ揃えて3日経ってますが、まだ通電確認してBIOSに入れるのを確認できただけです(^^;)。ケースの中には壊れたマザボがまた組み付けられたままですし。
幸いサブ機の十号機やカミさんのパソコン(十二号機)は無事に動いているので、サイトの閲覧やツイッターの確認はできるので、連絡取りたい方がいらっしゃいましたら、この記事のコメントに記入していただくか、ツイッターの@takaya_shinobuにDMを送ってください。

…早くパソコン直してやりたいことがたくさんある…(^^;)

備忘録的に車の話題

2012年11月11日 00:20

弟が車を買い換えることになりました。
今乗ってるのはドイツ製の「オペル ヴィータ スポーツ」。セミオートマ5速シフトが特徴的な1200ccのホットハッチです。こいつがウォーターポンプ、クラッチ、ラジエータの調子が悪くなり、外車なので部品も調達できない(調達しても金額が折り合わない)で手放すことになりました。

そして弟が買ってきたのが予想もしないアメリカ車、シボレーのRV車(恐らくトレイルじゃないかと思ってるけど車名は教えて貰ってない)。しかも、左ハンドルです。1ナンバーの左ハンドル車なんて僕が運転できるはずもなく、駐車場の前も3mあるかないかギリギリの道路。両親の猛反対も押し切ってしまったようです。

で。

僕はインプレッサを手放してから弟のヴィータをちょこちょこ借りてた(主に救急用途と通院、両親の荷物運びなど)のですが、今度の買い換えで僕自身が運転不能の車になってしまったので、両親も結構本気で慌てたようです。

その結果、実家としては「セカンドカー」として維持費の安い軽自動車を買うことになりました。
弟の街乗り用と、実家全体とウチの緊急用として。

弟は今度の選択を見てもわかるように「車は大きい方がいい。アメ車は最高」というタイプの人で、僕は「車は維持費が安いのが一番。軽こそ日本で乗るには最高」というタイプです。なので、自然と僕が選ぶ羽目に。そして凍結してた16等級の保険が使えて、実家から近いところに住んでるので車庫も実家の隣でOKという気軽さから僕の名義になることになりました。

僕は以前の車関連のサイトや記事を見てわかるとおり、「車はスバル一択」の人でもあります。なので、今回も予算30万円で車両が買えるスバルの軽自動車を探しました。
レックスやヴィヴィオはさすがに古すぎて出てこず、サンバー系は両親の反対で流れたので自然とプレオから選択することに。
で、色々調べて回って本日C型のプレオLSマイルドチャージを成約してきました。

ピュアホワイトのEN07Uエンジン搭載モデルです。

これから名義変更の書類や車庫証明の準備なんかをしないといけないので色々と忙しくなりますが、ものは及第点なので、自身初の過給器付きEN07を楽しみたいと思います。

憧れのプレオLSマイルドチャージ。

僕名義とは言え自分の車ではないのですが、時折借りてしっかり楽しみたいと思います。

17回忌に思うこと。

2012年01月17日 22:59

早いもので、阪神淡路大震災から丸17年の歳月が過ぎました。

生まれこそ違うとはいえ、芦屋-神戸東灘で育った僕にとっては、大好きだった街の命日でもあります。

自分が震災復興事業に関わってたこともあると思うんですが、僕にとってはずーっとトラウマになってる日でもありました。


誰のための震災復興事業なのか。

本当に喜んでほしい人たちはどうなのか。

もう元には戻らないのか。

僕たちの造ってたのは、コンクリートでできた棺桶じゃないのか。


測量やってる間、ずっとそんな思いが心のどこかにありましたよ。

孤独死のニュースは全国的にありますけど、震災復興住宅で劇的に増えたときは、本当に悲しくなりました。

某地区では、元住民の90%から反対されていた計画。強行突破で押し切る役所。生活のために理念は置いていくしかない業者。僕も強制収用の図面書いたりしたんで、大きなこと言えた義理じゃないんですけど。


測量辞めてからも、そんな鬱積したものってすぐになくならないと思ってました。

でも、ここ1-2年で、そんな街への思いが少し変わってきました。

去年、初めてこの17日に三宮の東遊園地でやっている慰霊会場へ仕事が終わってから行きました。

いつもルミナリエの時に見てる亡くなった方の名簿のある地下室に行って、ろうそくに灯をともして、メッセージを残して、池に花を投げて帰ってきました。

実際の慰霊祭には出てませんが、もっと早くに来ておくべきだったなと思いました。


それから1年。

今年は直前に大熱出してぶっ倒れたこともあって、残念ながら近所の公園の慰霊祭に時間合わせて行こうと思ってたんですが行くこともできず、東遊園地にも行くこともできずに過ぎようとしています。

それでも、以前は受け入れることができなかった「別の形に変わってしまった街」を最近は受け入れられるようになってきました。

3月の東日本大震災の影響もあるかと思います。

火事で焼け野原になった長田や須磨の惨状は、電車で見て絶句したのを今も覚えてます。

東日本大震災の津波での被災地も同じでした。

あの惨状を見て僕が思ったのは、

 
       ああ、まだ俺たち、マシな方だったんだな


というものでした。

確かに地震で多くの人が亡くなったことは変わりません。

それでも、津波ですべてを流されたり、地震後の火事ですべてを焼かれたりしたわけじゃなかったんです(局地的は火事は芦屋-神戸東灘でもありました)。

街の風景を形作ってくれていた多くの木造建築はあの地震ですべて壊れてしまったけれど、探せば、地震の前から元気に建ってる木造建築もまだあります。

街の様子は確かに大きく変わってしまったけれど、ここが育って、今も住んでいる街であることには変わりなかったんです。

東日本の被災地では、津波の影響や原発事故の影響で、元の土地どころか元の集落、元の街にすら戻れない人たちもたくさんいます。

そんな人たちを見ている内に「これはこれでありかな」と思えるようになってきました。

この街の様子が、かの地の人たちを勇気づけられるのならそれでもいいかなと。


この先も芦屋-神戸東灘の行く先は厳しいと思います。

ここ30年の内に来ると言われている南海地震の規模によっては、もう一度震度6強の揺れに、今度は未体験の津波まで予想されてます。

それでも、もう一度可能な限り作り直せばいいと思います。

僕はこの街の行く末を見守ると決めました。

その気持ちだけで、ものすごく楽になりました。

肩肘張って否定し続けなくてもいいんだと。


この17年だけでも、国内のあちこちで大きな地震が起きて、その度にたくさんの人が亡くなっていました。

その人たちにとって、今のこの街が復興した姿であるなら、このまま前に進んでいけばいいと思います。

いつか、3月の地震や原発事故で苦しむ地域の人たちの、僅かな希望にでもなるのなら。

結婚式

2011年07月03日 01:43

 今日はカミさんの従妹の結婚式だった。
 結婚式への出席は今年に入って二度目だ。その前のは、僕の20年来のツレだった。今回はツレの時と違って、親族席なので見知った顔ばかりでちょっと安心した。子持ちばかりで固められたテーブルだったので、特に4歳3歳2歳の甥っ子や族子の相手をするのが主任務。式で神父さんの名前が「フィリップ」だったことにちょっと反応しつつ、珍しく讃美歌も普通に歌って、披露宴も従妹の天然ぶりに舌鼓を打ちつつ、つつがなく終わった。ちなみに歌を歌うこと自体がもう数ヶ月ぶりと言うから、こちらはなんたる体たらくであろうか。

 従妹の旦那というのが、プロのピアニストで、披露宴の最中3曲もグランドピアノで演奏してくれて、間近でプロの生演奏を聴いたことがなかった僕は、圧倒された。従妹の旦那も茫洋としているのだが、ピアノに向かうと顔ががらっと変わったのには正直驚いた。ウチの隊長も普段はこんな感じなのかなと想像しながら、じっくりと演奏を堪能させていただいた。



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